こんにちは。
最近、自分の友達が体調が悪いだけでなく、生活自体とても困難な状態です。
自分もなんとか力になりたいのですが、なかなか難しいです。
そんなことがある度に思うのですが、自分が昔学んだ学校の一年後輩のような人が世の中には、ゴロゴロなのか少しなのかわかりませんが、やっぱりいるということを思います。
そいつは今は某大学の教授をしてますが、今の時代学歴はあまり関係無くなってきましたが、やはり特別な人がいます。
そういう人は、不景気でも関係なく仕事に就けます。
「自分はふらふら生きているだけですよ。」と言う人もいましたが、どんなことがあっても、必ず仕事に就ける。そりゃそうでしょう。東大と京大の大学院を出てるのですから、大学の講師には必ず就けます。
それに、ふらふら生きて大学生に学問を教えないでほしいな。謙遜して言っているのはわかるのですが、どんなに頑張っても報われない人もいますし、一生懸命働いても給料が全く何ヶ月も出ない人もいます。そのような人達にとても失礼な発言と自分は感じます。
生きていれば、必ず苦労はあります。苦しい思いやつらい思いをしない人などいません。
時々、「俺らも汗水たらして生きとるんじゃ。」という人がいますが、仕事で汗水たらすなど、当たり前。世の中は、その当たり前の汗水を越えた苦しみをただ、耐えるしかいない人も大勢います。そのような人達は世の中で隠された存在です。
自分が仕事して汗水たらすなど、志望校に入りたい受験生が勉強に励むようなもの、スポーツで優勝目指して鍛錬しているようなもの。これらのことは誰でもします。当たり前のことです。当たり前を越えたことをするから、それらの欲するものを手にすることができるのですが、当たり前を違う形で越えた人達もいます。
そんなに汗水たらすのが嫌なら仕事などしないでおけばいいです。汗水たらすのは仕事する上では当たり前。汗水たらすのがどうのこうの言うこと自体、仕事を放棄したい思いの表れと思います。そんなに嫌なら、汗水たらしたい人に譲ればよいと思います。
さっき、言った違う形で越えた人達、越えた苦しみを自分から選んだわけでなく、そうするしか生きれない人達がいます。自分でやりたいことや仕事を選べない人達、世の中の人達が言う‘汗水’を越えた苦労を強いられている人達が世の中には、たくさん隠された中にいます。
当たり前のことなど、言うな!と思います。
それをいかにも、「私は苦労した。」などと自分の苦労に酔うな!と思います。
どんなことをしても、仕事に就けることや何かできることができるのは本当に幸せです。
それを恨めしいとか羨ましいと思うことなく、自分の生き方を大切にする。幸せというものは本当にみんなが思っているものでないかもしれません。
自分はすごく世渡りベタだけど、世渡り上手な人がいても、その人が本当に困っている人達のお役に立つ働きをしているなら、それは素晴らしいと思います。
自分がうまくいっていることを鼻にかけるのもいけないですが、恨めしいとか羨ましいとかでそのような人達を見る事もいけないと思います。
大切なことは、減らず口を叩く暇があったら口でなく頭を使い、それを行動にすることと思います。握手しながら、裏で舌を出している、悪戯な奴らは世の中にいっぱいいます。
どのようなことがあっても、正しく生きることに徹する。自分自身を大切にできない人は他者を思いやることはできません。
自分の生き方を大切にしないとね。
by shokun